2本のヒトラー映画

こんにちは。

今日も映画の感想を。

今日は2本まとめてやりたいと思う。

 

タイトルは

ヒトラー ~最期の12日間~』(2004年、ドイツ)

帰ってきたヒトラー』(2015年、ドイツ)

2本ともドイツ映画です。

 

※この記事はネタバレを含んでいます。コンテンツの内容をご存じでない方は

   十分ご留意の上でご覧下さい。

 

 

 

2本見終わったころには、耳にドイツ語がバッチリ残って離れない。

前者はヒトラーが死ぬところまで、後者はヒトラーが現代に蘇ったら

という話。

続けてみると、連続性があって面白い。

もちろん、どちらもテーマがテーマなので、見どころはとても多かった。

 

ヒトラー ~最期の12日間~』

時代は第二次世界大戦末期。

タイトルの通り、ドイツ降伏までのヒトラーとその周囲の様子12日間が

徹底的にリアルに描かれる。

登場する場面はほぼ地下壕とベルリンの街並み。

地下壕のシーンでは、ドイツ軍の閉塞感、絶望感がよく伝わってくる。

あの空気の中でドイツ人の間に生まれたものとはなんだったのだろうか。

それを考えさせてくれる映画である。

 

本作品において注目すべきポイントはいくつかあるが、その一つが、

男・女・子供の違いがかなりはっきり描かれていることである。

人は追い詰められたときに本質を表出するというのは、今も昔も変わらない。

 

男は自分のために生きる生き物

追い詰められながらも、なお総統に追従する軍人たちだが、軍人(ほぼ男)は

結構意見が分かれて言い争う。

男は自分がどう生き残るかを第一に考える生き物だと見て取れる。

男にとって、総統に追従するのは、あくまで自分の立場や利益のためであり、

降伏を進言するのも自分の命のためだ。

 

おそらくだが、自殺するのさえ、自分のためだ。

決して総統のためじゃない。

紛らわしいかもしれないが、他人のためではなく

他人のために生きている自分自身のためなのだ。

 

もちろん人格者の医師や軍人もいなくはないし、ゲッベルスのように心底総統

を信じているように見える者もいるが、誰もが自分の信念のために生きている

という意味では、本質的にナチスの軍人たちと同じなのだ。

 

女性は他人のために生きることができる

むしろ女性たちこそが、ヒトラーに対して本当に狂信的である。

主人公の女性秘書、秘書仲間、エヴァ・ブラウン、女性看護師、女性飛行士…

そしてゲッベルス婦人。

みんな心の底からヒトラーに命を捧げていた。愛していた。

女性はこういうとき、本当にためらいがない。

これは男が総統のためというのと同じセリフでも全然違う。

彼女たちは、完全に他人のためだけに生きることができるのである。

 

男の中には、女性に対して逃げるよう説得を試みる人がいるが、

これも結局、本質的には自分のためにやっている。

「ドイツのため、君のため」と口では言うのだが、自分のせいで失う

ことになるのが嫌だからなのである。

だから、女性と話し合って、全然意見が合わないのだ。

 

子供は純粋で、染まっていないもの

そして子供。

おもな登場人物はヒトラーユーゲントの少年少女兵と、ゲッベルスの子供。

子供は、自分のため、他人のためという行動原理で動かない。

感じたままに行動する存在として描かれている。

人間として行動に一貫性をもつことを重視しない存在なのだ。

これは、子供が、人間としての純粋な状態を象徴しているということだろう。

彼らは、ヒトラーの信者にもなりえるし、それをやめて一市民になることも

できるし、死ぬのを嫌がることもできる。

そして、大人の登場人物は、皆この純粋な状態から遠く離れたところに

いるのである。

 

この3者の違いが、映画にリアリティを与えているとともに、

この歴史的事実を、我々の人生に重ね合わせ、自分のことのように考えさせる

役割を果たしているようだ。

 

本当に恐ろしい登場人物

この映画の中で、本当に恐ろしいと思ったのは、ナチスの将校たちや

ヒトラーという人物ではなかった。

 

映画の終盤に登場していた人物たちだ。

彼らは、ベルリンの混乱に乗じて、市民を共産主義者と断じて殺しまわり、

アメリカ軍が来て終戦になった時には、市民に紛れて何食わぬ顔で去った。

彼らは戦争犯罪など微塵も問われずに、どこかで生き続けた。

 

彼らは、SSよりも、ナチスよりも、ドイツ国民よりも、もっと原理的な

恐ろしい何かに属しているように思われた。

この世にある、我々が本当に警戒しなければならないものとは、

今も人々の間に潜み続ける、彼らなのではないだろうか。

 

 

※補足※

総統閣下お怒りのシーン

ヒトラーが地下壕の作戦室で将校を集めて怒りをあらわにするシーンは

非常に有名だ。

映画は見てないが、YouTubeでこのシーンだけ見たことあるなんて

人もいるくらいである。

このシーンで名優ブルーノ・ガンツの名前を覚えた人も多いだろう。

このシーンはパロディとして人気が高いらしく、後述の

帰ってきたヒトラー』でもガッツリ登場する。

 

 

帰ってきたヒトラー

この映画は、現代ドイツを舞台にしたフィクションの風刺小説が原作である。

ヒトラーが現代に蘇ったら?というドイツにとってかなり禁句のような存在を

あえて持ってくることで、現代ドイツの抱えている実に様々な問題を浮き彫り

にしている。

 

全体の特徴として、小説の中で原作小説が発売されるという、メタ的な

入れ子構造になっている。

 

 

過去と未来

まず、本作には過去と未来の対比がある。

1930年代(ドイツがナチスドイツになった時代)と現代を比べてどうか?

あの時の時代的空気と同じもの、違うものは何か?という問題提起だ。

 

現実的な背景として、ドイツは移民の問題を抱えている。

受け入れた大量の移民に対して自分たちの血税が使われることに満足

できない人たちが多くなってきているという。

 

これは、ヒトラーが現代で行う活動のなかでも広く触れられている。

ヒトラーがインタビュアーで細かく政治に関することを聞くことで、

様々な問題が市民の口から出てくる。

 

ただ、特に興味深かったのは、分断へ向かう思想の広がりが背景にあって、

台頭してきている右翼政党やネオナチを、ヒトラーが馬鹿にする様子だ。

これは作者のかなり強いメッセージがあると受け取っていいだろう。

作中のシーンでは、彼らが大した中身もなく、自分の常識の範囲でしか

行動できない、とても頼りない存在に見える。

良し悪しはともかく大きく歴史を動かしたヒトラーの視点を出すことで、

作者自身の強烈な風刺に説得力を持たせている。

 

ヒトラーという人物

さらに印象的なのが、主人公がヒトラーに魅かれたり、離れたりを繰り返す

構成である。これは、ドイツの若者の象徴として描かれているというより、

ヒトラーという人物の分析の結果として、彼が人々に与える影響力のような

ものを象徴しているように見えた。

 

ヒトラーは演説の名手として非常に有名だが、本作でも、非常に口達者で、

相手を説得する力に長けている。

そして、人を巻き込み、地位を徐々に確立し…といった感じで

今のドイツ社会にうまく溶け込んでいく。

これにはヒトラー自身の能力がかなり関係しているように思われる。

 

ヒトラーは優生思想やユダヤ差別といった悪い側面がある一方で、

内政的にかなり成功しているといわれている。

分断と民主主義を最も上手く扱い、ドイツで一番上の地位に上り詰めた

といえるだろう。しかも、民衆の支持をいかに得るかといった手段を

最も大事にしてきた人物であり、割と正攻法で独裁者にまでなった。

とにかく、自分の時代において、民主主義のシステムを最大限活用し、

内政的問題が得意であったために、今の不安定な社会においては

かなりの起爆剤になってしまいかねない人物なのは間違いなかったようだ。

 

ちなみに、ヒトラーの演説映像は動画サイトなどに転がっていると思うが、

個人的には、見た人に非常によろしくない影響を与える可能性があるので、

あまり視聴をお勧めしない

見るならせめて、『映像の世紀』(NHK)とか、音声解説があるものが

良いと思う。

 

下手すると『無駄ヅモ無き改革』に出てきたタイゾーみたいになってしまう。

 

 

本作でも、静かになるまで話さないとか、ヒトラー自身の演説技術が

参考にされている。

 

もちろん、ヒトラーがどのような人物だろうと、歴史的事実としては、

SSがやっていたことの中には相当ひどいことも含まれる。

ヒトラーの周りには、ならず者たちが寄ってきて、我が物顔で闊歩した

というのは、負の側面として確かに存在しているだろう。

 

ただ、同時に、彼はカリスマ性があって、多くの人から支持を得ることに

非常に長けていたのである。

一番身近にいた主人公が、影響を強く受けすぎてどうなったかは、

映画で確認してもらえばいいと思う。

 

歴史からの学び

ヒトラーの歴史的な行いから見ても、民主主義は、実は分断と相性が良い

面があることは確かだ。民衆の支持がいかにして作られるかを歴史が

我々に教えてくれている。

ヒトラーが復活しない現実世界でも、この民主主義の弱点を利用する人間が

いつ現れるとも限らない。

物語の最後で、テレビ局の女社長の女性がこういったのが印象的だった。

「私たちの、今までの教育を信じましょう」

 

歴史から学んだ教訓が確実に受け継がれていれば、民主主義が機能する

可能性は残されているかもしれない。

 

これからのドイツ、欧州、世界の流れを考える上で、非常に重要な作品

だった。

 

※追記※

ヒトラーのおどろおどろしさがよく出ている作品として、水木しげる先生の

『劇画ヒットラー』もおすすめです。

ぜひご一読ください。

 

劇画ヒットラー (ちくま文庫)

劇画ヒットラー (ちくま文庫)

 

 

おしまい。